同期の引退を受けて


タイトル的にあ、これは雑四の蹴りたい背中の分岐バージョンだなって思った人はなかなかの廃人です(自分を含めて)w


タグがQMAでないことに気づいてもらえましたか、今日は普段ブログでは書かない部活のことについてちょびっと書いてみようかと思います。
まあ、最後の方でまたQMAに関することは書くので、興味無い人は一気に飛ばしてみてください。


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自分が部活に入ったのは、1年生の5月、全く泳いだことすらないというのに。
中学生、高校生と帰宅部だったコンプレックスがあったからかもしれません。


新歓も終わって、その年の1年生は女子2人、引退したSくん、そして自分でした。

泳ぎは先輩から教わりました。基本的に優しく分かりやすく教えてもらいましたが、決して楽なものではありませんでした。

そのうち、自分はKくんとOくんを誘って、最終的に自分の代は6人になりました。そしてこの6人のまま2年の冬に幹部の代となり、先日8月1日〜3日の関東学生選手権(関カレ)を終えてひと段落という段階に現在います。


他の同期は皆経験者で自分だけ唯一関カレの制限タイムが切れずにいます。

これは自分にとって大きなコンプレックスとなっています。部員全体で見ても切れてないのはほんの少数なのです。

でも根性なしだから練習もあとひと頑張りっていうのが足りないです。


今回引退するSくんは幹部でメニューメーカーという、いわゆる毎日の練習内容を決める仕事をしていたんだけど、遅い自分のことも考えて、遅いなりにもこなせるようなメニューを作ってくれたり、時々自分の所に来てはアドバイスをくれるとてもデキるやつなのです。

それでもって勉強は人一倍努力しているし、正直頭が上がりません。

本来引退というのは3年の12月からなのですが、彼は留学のため早く引退することになりました。



引退がまだ実感できない頃はなんとも思わなかったのに、関カレの後の打ち上げの引退挨拶の最後の方で、

「僕は本当に幸せ者でした。いい環境、いい部員、そしてなによりいい同期に恵まれました。」

と言われて自分は涙がこらえきれず泣いてしまいました。本当に悲しかった。部活に入って泣いたのなんてこれが初めてです。


その後Sくんも泣きながら、「なんちゃんも来年の関カレ絶対に切ってくれよ!俺信じてるから!」と言われて自分はこんなに応援してくれている同期がいるのに結果が全く残せない自分が情けなくて情けなくて…ただ涙し続けることしかできませんでした。



こんなんじゃきっと自分も引退する時には涙するんだろうなあ、その時自分が何もかもやり尽くして満足したいと思います。


ホントはこんなんじゃ書き足りないぐらい今までいっぱいの思い出があるけど、これ以上書いてもしょうがないから話戻します。



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第2回の全国大会は結局。。。


さくらふぶき⇒53個、373⇒61個で終わりました。

さくらはノンジャンルばっかりだったから仕方ないとはいえ、373は学問ばっかり出したのに波に乗れず前回の79個には到底及ばなかったです。レベル的には前回と同じだったはずなのに。



昨日白金になって2回目のミノ落ちをやらかしました。フェニでもアニゲ来ると1落ちを普通にやってしまう自分がいます(汗

ミノ落ちなんて白銀以降は全く無かったのに。ちなみにフルゲートのプラチナは黄金十段になったばかりの頃に1枚取って、2位連発に泣かされて、なんだかんだあれから1枚も取っておりません。ジヒ無かったら本当に大変だったろうなあと今さら感じます。


とりあえず今後の予定としてはイミグラ本厚木の大会に初参戦できたらと感じます。青い人いっぱいくるんでしょうが。



19:40<追記>

この写真、何の問題だかわかります?








そうです。学並べ、「チェレンコフ光」の画像問題です。


でもよく見ると並べ替えのパネル等付いていませんよね?


実は、QMAの問題作成者からチェレンコフ光の写真を提供してほしいと依頼された方の日記から勝手に拝借させてもらったのですが、何というかケータイの写メで撮った写真と全く同じですね〜!

ま、学並べ興味ない人にはあまり関係ないかもだけどw